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デジタルトランスフォーメーション(DX)推進のためのITガバナンスの必要性
第5回 :ERP導入開発における留意点
株式会社クロスオーバー  ITコンサルティング事業部
浅野 英範

■はじめに

 このコラムでは前回までに、DX推進におけるグランドデザインやシステム化計画の重要性・考え方について、ポイントが示されています。
 今回は、システム化計画において「スクラッチ開発」以外の選択(パッケージ導入やSaaS利用)を選択した場合、とりわけ「ERP」と呼ばれる統合業務パッケージを中心としたシステムを構築するケースを想定し、プロジェクトを進める際のポイントを、開発現場の実態を交えながら述べます。
 今後、ERP導入の企画やプロジェクト推進に携わる方に、ご参考いただければと思います。

■ERPとは何か?

 まずはERPのアウトラインについてお話します。
 『ERP (Enterprise Resource Planning)』とは、生産管理、販売管理、在庫管理、財務会計といった基幹業務を統合して管理が行える「統合基幹業務スイート」製品のことを指します。さまざまな業務に必要な機能が、1パッケージに収まっています。実際に触れてみると「作業指示と実績のデータベース」という表現が相応しいかもしれませんが、正称である「Enterprise Resource Planning(全社資源計画)」のニュアンスからは、元々は「ヒト・モノ・カネに関するすべての計画・管理をする」が大きな目的にあったことがうかがえます。
 以下はERP導入により、企業はどのような効果を得られるのか、を図にしたものです。


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 日本でERPの導入が始まったのが1990年代後半と言われ、2000年代にブームが到来、その後半には内部統制の重要性が謳われ、J-SOX法の施行などもあり、市場規模が一気に拡大しました。30年以上にも及ぶ歴史の中で、ERPはその形態を変化させています。
 当初はいわゆる『モノリシック型』、1つのパッケージでさまざまな業務に対応する「従来型」のパッケージが主流でした。自社サーバで運用する大掛かりなシステムになりやすく、導入やメンテナンスにはコストがかかります。
 次に、『コンポーネント型』ともいうべき、業務単位で導入が可能なERPが登場します。事業の成長に合せて拡張や機能追加をしていけるため、中小企業を中心に広く利用されています。パッケージの形態としては1つの理想的なカタチといえますが、「基幹部分が旧く、最新のサービスと連携できない」、「PCやOSの環境条件が適合せず、機能を使えない」といった問題も多少はあるようです。
 更に近年はその発展形として、『クラウドサービス型』や従来ERPのコア部分はそのまま利用し、最新のクラウドサービス機能と連携させた『ハイブリッド型』も登場しています。クラウドサービスであればOSを問わず、ブラウザさえあればさまざまな端末から利用できる、という利点が大きいといえます。利用する企業からすると、「コアな財務管理」、「生産・販売」などは重要な機密情報であることも多く、クラウド化の難しい領域でした。しかし、クラウド技術・セキュリティの進歩に伴い、ERPもクラウドを取り入れたものに発展しつつあります。完全なクラウド化に至るのはまだ先かもしれませんが、クラウドサービスを利用した基幹システム構築は大いに伸びていくことが予想されています。
 ERPの形態は図2に示すように、「巨大化・統合」から始まり「分解」へと変化、近年では「疎結合」という選択肢が加わり、「ERP本来の機能の良さを残しながら、より適切なレベルでの統合を自由に行う」ということが可能になってきています。もちろん、従来型の大型パッケージにもまだまだ活躍の場があります。流行に飛びつくのではなく、企業としての考え方や業務の形態、導入による変化がもたらす全社への影響、などを十分考慮した上で、適切な選択をしていくことが肝要です。


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■ERP導入における留意点

 企業にとって魅力的なシステム化手段であるERPですが、いざ「導入」という話になると少なからず困難や問題が立ちはだかります。以下に記載することが全てではありませんが、皆さんが今後ERP導入に関わる際に、「あんなこと言ってたな」と思い起こしていただければ幸いです。
 例として、「老朽化した基幹業務システムをERPにリプレイス(置き換え)する。基幹周辺の比較的新しい個別システムは残して利用しつづける。」ようなプロジェクトを仮定しましょう。

 通常のERP導入開発の流れを以下に示します。手法は他にもあると思いますが、ここでは一般的なウォーターフォールに近いモデルとします。

 ERPはさまざまな業種・企業で利用できるように設計してあり、多くの設定項目があります。従来のオーダーメイドのシステム開発と比較すると、以下の特徴があるといえます。

・要件の確定には現行業務の分析や把握だけでなく、パッケージソフトの仕様と
 現行業務とのFit&Gap検証が必要となる。
 ERPの規模・カバーする業務範囲や現行業務の複雑度によるが、長い時間を必要とする場合がある。
・基本的には設定さえすれば動作するものであるため、開発・製造の工期は短くなる。
 ただし、Fit&Gapの結果、Gapが非常に多い場合は、その分追加やカスタマイズの開発作業が必要

 次に、ERP導入の一連の作業を、8つの項目に分けて見てみましょう。
 
 ①現状把握 ~ システム化計画 ~ 選定 (※)
 ・ 現状分析を行い、業務・システム・データ・プロセスの状況を把握する
 ・ システム化計画を経て、導入するERPパッケージやベンダを選定する
 ※現状把握、システム化計画の詳細は、第2回(現状把握)、
  第4回(システム化計画)のコラムを参照ください。

 ②業務要件、システム要件の抽出と整理
 ・ CRP(Conference Room Pilot)(※) などの手法も取り入れながら、選定したパッケージと
  業務分析結果とのFit&Gapを行い、機能差異(=追加でカスタマイズや開発が必要な部分)を洗い出す
 ・ 既存の周辺システムも含め、ERP導入による業務変化点を正しく見極める
 ・ 周辺システムも含めた、ERP導入後のシステム構成や、そのゴールに達するための改修点を明確にする
  ※CRP: 対象のパッケージ製品を使い、実際に動かしながら現在のビジネスプロセスをシミュレートし、
   分析や確認を進める手法
   パッケージは通常、ベンダから借り受けるか、数ライセンスを購入するなどで対応する

 ③ システム移行の計画
 ・ システム切替を行うための計画を立てる(切替時期、切替方針、並行稼働の要否、業務静止点確保、
  リカバリ方針、リスクの洗出し…など)
 ・ 周辺システムも含め業務を継続するための、移行すべきデータやシステム間インタフェースを
  正しく把握し、必要な改修を行う
 ・ ERPに投入するマスタデータを準備する

 ④業務移行/教育・啓蒙
 ・ 業務変化点を整理し、ERPシステムを利用するために必要なユーザ教育計画や、
  社内啓蒙活動を進める

 ⑤ERP設定/カスタマイズ/動作確認
 ・ ERPが要件どおりの動作をするよう、パラメータを設定する
 ・ Fit&Gapの結果、カスタマイズや追加開発が必要な機能の設計・開発を行う
 
 ⑥周辺システムとの連携確認
 ・ 既存、周辺システム側の開発(ERPと連携するための開発)が完了後、
  ERPと周辺システムの連携をテストする

 ⑦移行
 ・ マスタデータを投入する (移行のしかたはプロジェクトの方針によります)
 ・ 本番切替のための準備を進める (リハーサルの計画、実施など)

 ⑧本番稼働
 ・システムの準備、利用者の準備が完了していることを確認し、カットオーバー!


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 上記①~⑧が順調に流れていけば関係者は苦労はないのですが、実際にはなかなか思うようにプロジェクトは進んでくれません。ERPにおいては残念ながら導入に失敗する例も少なくないようです。では、どういう点で失敗が起こりやすいのか、現場を見てきた筆者の考えるところを3つのパターンにまとめてみます。


 失敗例1) 導入プロジェクトの求心力不足
 関係者の協力をうまく取り付け切れず、プロジェクトとステークホルダの間で意思の疎通がうまくいかない、連携仕様の決定に遅延をもたらす、などのリスクのあるものです。ERP導入は大概、全社規模の大きなプロジェクトになります。大きなシステムが入って、業務プロセスが変更されることに、社内では少なからず反発が起きます。グループ会社のシステム部課長だったり、製造工場の現場主任だったり… 会社上層部の決定に不満を抱く人は必ず出てくると思っていた方がよいと思います。
関係者との情報共有を早い段階で行い、プロジェクトの意向に巻き込む、反発をうまくまとめる必要があります。

 失敗例2) Fit&Gapの不十分
 実際にFit&Gapの検証作業は、ユーザ/ベンダともに大きな手間や時間が必要になることが多く、煩わしさを感じることも少なくないと思われます。しかし、だからといって形式だけのFit&Gapで済ませたり、「Fit To Standard(業務をパッケージに合せる方針)」という言葉でGap分析を先送りにしたりすると、システムへの要求事項が固まらず、設定や設計に繋がっていきません。結果として、要件抽出・整理がいつまでたっても終わらず、遅延をもたらすリスクがあります。
 特に、通常・主要パターンの業務プロセス確認だけを行いFit&Gapを終了してしまうのは非常に危険です。ERP導入に限った話ではありませんが、ここを疎かにすることで開発工程に進んでからも、要件定義で解決必須レベルの課題やGAP、追加要件が続発することになります。現行のイレギュラー/マイナーなフローにも、ERPが対応できることの確認、データの流れだけでなく構造の変更点確認(データの粒度などが現行と変化する場合、周辺システム側かERP側で非常に厄介な改修が発生します)、ユーザインタフェースの変更確認(現行業務で使用している社内の言葉が、ERP上の画面や帳票で使えるのか、またはどう変換する必要があるのか)など、じっくりと確実に行う必要があります。
 本当にFit To Standard を行うならば、事前または同時並行で業務プロセスの改善が進んでいる必要があり、Fit&Gapよりも険しい道のりになることもあります。
 
 失敗例3) 使いこなせない
 ERPを本番稼働させたはいいが、ユーザ展開が不十分で現場が活用しきれない例です。ERPを導入して、売上、生産、在庫などのかなり精度の高い情報を活かせるようにシステム側はなったが、現場は相変わらず従来通り、現場責任者の経験と勘に頼った発注を続けている、といったことが、ユーザへの定着がしっかりできないと発生する可能性があります。
 プロジェクトは何とか終わっても、そもそもの導入効果があまりに薄い不幸な例です。ユーザがERPを十分活用できるよう、業務移行や教育に力を入れましょう。

 これらの失敗パターンを予防するために、導入開発の図①~⑧のどこがポイントになり得るのか、をまとめました。

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 表をご覧いただくとお気づきかと思いますが、予防のポイントが①~④に偏っています。つまりは、導入序盤の段階で如何に徹底した現状分析や要件抽出、関係者の巻き込みができるか、に成否がかかっているといっても過言ではないでしょう。抜け漏れ発覚が後工程になればなるほど、またシステム規模が大きいほど、プロジェクトのリカバリが困難になります。
 ERPは優れたソフトウェアですが、プロジェクトを実行するのは「ヒト」です。このような障壁をすべて予測して回避することは難しいかもしれませんが、知識・情報として事前に知っておくだけでも対応に差が生まれてくるはずです。
 PMOなどで導入プロジェクトに関わる方は特に、ご参考いただければと思います。

DX推進の解決手段としてのERP


 経済産業省の示す「2025年の崖」問題の具体的リスクに、以下のものがあります ・既存基幹システムが複雑化・老朽化・ブラックボックス化して残る ・爆発的に増大するデータを活用できず、DX(デジタルトランスフォーメーション)(*)が実現できない ・ITエンジニアの不足と技術的により、運用・維持が困難になる ・大手基幹システムのサポート終了によるトラブル、データ流出リスク

 ※DX(デジタルトランスフォーメーション)の定義 「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

 これらの課題に対して、ERPは老朽化対応・データの活用・統制・技術刷新により一手に解決できる有用な手段と考えられています。しかし実際には、導入には前段で述べたような困難がつきものであり、多くの予算と時間が必要になります。
 それらも考慮に入れた上で、ERPを適切に選択し、DXを推進していただければ、と思います。

 

 今回はERPについて、その概要と導入時のポイントについて述べてきました。
 次回は、セキュリティについて記載予定です。

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>> 第4回 :DX推進における現状把握の重要性(システム化計画〜ベンダー選定編)
はこちらから

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コンサルタントプロフィール

株式会社クロスオーバー
取締役 ITコンサルティング事業部 
浅野 英範(あさの ひでのり)

浅野さん

プログラマからITキャリアをスタートし、SE、PM、PMOを経験。小さなソフトウェアハウスから大手SIerまでの様々な立場で、通信・金融・運輸・製造業などを担当。

クロスオーバーとしては、主に製造業のシステム化企画やユーザ側PMOに従事、現在もERP導入大規模プロジェクトのユーザ側にて活動中。

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