コラムCOLUMN
「品質保証を支える品質教育体系とカリキュラム」
第1回:体験する教育機会の重要性
プリンシパル・コンサルタント 宗 裕二
■「おもしろ体得塾」というネーミング
「おもしろ体得塾」というコースを開講させていただくようになり、20年くらいになると思う。品質管理及び品質保証のための、統計学的考え方を学習していただくためのセミナーだが、統計学と聞いただけで、途端になじめなくなり、敬遠される方が多いため、「おもしろ」と言うタイトルを付けることで興味を持っていただくようにし、数学的理論を勉強する場ではなく、実務的な内容であることを理解していただくために、「体得」というネーミングにした。
日本の品質管理は1950年頃にアメリカから学んだ「統計的品質管理」が基軸となり、独自の発展を遂げながら日本の製造業を支えてきたと思っている。品質管理や品質保証を専門とする者として、統計学的な考え方を外すことはできないと考えているし、おそらく、品質管理や品質保証に携わるみなさんも同じ思いであろうと思う。
私事になるが、大学でも品質管理を専門として学び、基礎となる統計学も勉強してきた。大学を卒業後も勉強をやめることなく、大学に残ってさらなる勉強もさせていただいた。私自身は数学も好きだし、数学としての統計学も大変興味深く、楽しく学ばせていただき、当時の担当教授から「君も好きなんだだね!」と声をかけられたこともある。
ところが、数学を苦手とする人々はとても多く、数学的な臭いがする言葉がするだけで、逃げ出すくらい嫌いな人も多くいる。製造や技術、開発などを担当する理科系であろうと思われる方々でさえ、「統計学はどうも・・・」と仰る方が結構多い。
大きな企業であれば、私と同じように「統計学」を学び、好きでもあり、職場で品質管理にであって大いに活躍されている方も多くいるが、専門的な分野で活躍しているように見受けられる。それはそれで良いのだが、私の理想は、製造業の現場で、ほんの少しでもデータに接する機会のある方は全員、統計学的な考え方は知っていてほしいと思う。我々が目の前でみているデータは、本来知りたいデータのごく一部であり、その一部から全体の状態を「推定」しなければならないこと。そして、生のデータには誤差が含まれており、その誤差の大きさを評価しなければならないことを感覚としてもっておいていただきたいからだ。
■おもしろ体得塾の特徴
おもしろ体得塾では、ものづくり企業で生データを扱う可能性のある方すべてを対象にして、企業内クローズ方式で一クラス30名を限度にお申し込みいただき、開講している。コンサルティング会社であることから、基本的には「企業内」での実施のみとなっている。難しい数式はいっさい使わず、計算も計算機は1度使うが、パーソナルコンピュータの表計算ソフトを使った簡単なものを使っている。様々な道具(おもちゃ)を使い、ほとんどの時間をグループ演習で構成している。
統計学の基礎知識がない方でも全く問題はなく、楽しく学んでいただけるように工夫しているつもりだ。いくつかのグループ演習は、簡単な内容から始まり、徐々に難しい内容にステップアップしていくように構成されており、知らない内に高度な問題解決に取り組んでいるようになっている。より、高度な内容を望む方もおられるので、1日コースから4日コースまで、選択できるようになっており、一度経験いただいた企業さまからは、毎年、繰り返しご要望をいただいている。また、セミナーを企画推進する私ども講師側も、受講して演習を進めている受講生のみなさんの様子を見ながら工夫をし、今では、一度受講された経験を持つ受講生の方が、「後輩達に・・」と、ご連絡をいただくことがあるまでになった。
しかし、こうした「おもしろ体得塾」の存在を、全くご存じ無い方に知っていただくことがなかなかできないことと、オープンセミナーでは開催していないことが残念であるのだが、こればかりは、如何ともし難いようだ。統計学的考え方の重要性をご理解いただいている方であれば、このセミナー構成の良さを解っていただけるものと思っているのだが、自分勝手な思い込みに過ぎないのかも知れない。
■おもしろ体得塾の原点
私事で恐縮だが、大学で学生実験を担当していたことがある。授業の一貫で、学生40名ほどのグループを作り、コンベアー設備を始め、いくつかの道具を貸し出して、「生産命令を達成するため、ゼロからミニ工場を設計し、実際に運営して実績を評価する」というもので、半期をかけて、10回ほどの授業で体験型の学習をして、レポートを提出すると言うものだ。学生がそれまでの授業で勉強した生産管理や品質管理、作業研究、原価管理などの科目を、実践的かつ総合的に検討することで、より実務的で深い理解を得ることを目的としている。縁あって、私はこの実験をリードする仕事を仰せつかり、数年にわたって担当をしていた。
学生達は、様々な知識を、机上で身につけてきたはずであるが、実践でどのように使うのか、体験をしたことは無い。この授業を受けることで、どのような場面でどのような知識が生かされるのかが理解出来る。私も学生の時のこの実験を通じて、学んできたことの重要性を痛感した記憶がある。「なぜ、もっと早い段階でやらないのだろう」とさえ、思った。当時は複数の大学で扱う製品は異なれど、類似する授業をしていたと記憶している。
これが「おもしろ体得塾」を創ろうと考えた原点であろうと思う。実際に作り出したときは、社内の多くの仲間(それぞれの分野のプロのコンサルタント)と研究会を立ち上げて議論を重ね、多くのアイデアを議論しながら作り上げてきた。とても一人ではできなかったであろう。様々なジャンルでの演習を考え、実行して評価し、作り上げた。仲間達の協力の結晶でもある。
■企業内教育の必要性
企業内の教育が重要な位置をなし、盛んに行われている国は多くないのかも知れない。「仕事を覚える」ための教育は、どこでも行われていると思われるが、社会人として、また技術者としてのリテラシーを企業内で構築することはとても重要な位置づけとなっているのだと思われる。
本来、大学教育で行われるべきことなのかも知れないが、時代と共に、その企業を取り巻く経済環境も、業界特有の環境も変化し、企業により対応の方向性も異なる。従って、その企業の社員や技術者に求められる内容も、微妙に変化するし異なる。企業が存続し、今後も発展を続けるためには、その企業が抱える人材のポテンシャルの高さが大きく関わっていることは誰もが知っていることである。
こうした企業内教育は、資金や人材も豊富な大企業には計画する事も実行することもできる。しかし、経済環境の変化や業界環境の変化に翻弄されやすい中小企業ではなかなかできることではない。
私どものような、企業を支援する立場にいるものは、いち早く時代の変化を察知し、経済環境の行く末と、業界環境の変化の方向性を見極め、さらに広く、手軽に安価で、人材教育を提供出来るようにしなければならない。COVID-19の蔓延で、その到来が速まったウェブ環境は、こうした教育の場を広げる良い機会であることには違いないが、現物を目の前にして対面式で行われることに大きな価値をもつ「おもしいろ体得塾」の重要性も、改めて問われていると考えている。
我々が産業界の発展のためにどのような教育をどのような形で提供することが最も良い方向なのか、今後も考えていきたいと思っている。特に、品質コンプライアンス問題が発生している現状も踏まえ、必要な品質保証の機能と教育について、弊社でも議論が始まっている。
こうした議論は次回に譲りたいと思う。
コンサルタントプロフィール
プリンシパル・コンサルタント /品質経営研究所 所長
/国際経営コンサルティング協会評議会認定CMC
/技術士(登録番号第25742番;経営工学部門品質管理)
/(公社)全日本能率連盟 専務理事(兼業)
宗 裕二(そう ゆうじ)
現場力の重要性を強く意識し、専門領域である「品質」を中心視座として、日々活動している。
モノづくり企業に求められる品質構築機能は、「最大の価値と、最小のリスクを、最短の時間で創出できる変換機能を構築する」ことであり、「結果としてミニマムコストのモノづくりが可能となり、最高の利益を獲得出来る」ことになると考え、「品質経営」として提唱している。その為に、「従業員の一人一人が、無意識のうちに、顧客価値を予見した行動を取れる文化を築く」ことが重要課題と位置づけ、その推進に力を入れている。