徹底したエンジニアの新入社員教育で
「日産DNA」を次世代につなぐ(前編)
徹底したエンジニアの新入社員教育で
「日産DNA」を次世代につなぐ
~Z世代の特性を理解し、きめ細やかな研修とフォローアップで成長を促進する~
日産自動車株式会社 車両生産技術開発本部は、1,200人を超えるエンジニアが所属する大規模な開発部門です。同本部では、新入社員教育を約1年かけて非常に細やかに実施されており、その一環としてJMACのロジカルシンキング研修を3年間継続的に導入していただいています。本研修の意図や受講後の成果について、さらに、Z世代とも呼ばれる現在の新入社員の特性に合わせた人材育成方針やフォロー体制について、同本部の中嶋様、山崎様にお話を伺いました。
(計2回に分けてお届けします。今回は前編です)
本社:〒220-8686 神奈川県横浜市西区高島一丁目1番1号
設立:1933(昭和8)年12月26日
資本金:6,058億13百万円
従業員数: 24,034名(単独)133,580名(連結) 2024年9月30日現在
インタビュー
日産自動車株式会社
車両生産技術開発本部 車両生産技術統括部
・主担)中嶋 聖也 氏
・シニアエンジニア)山崎 知広 氏
インタビュアー
株式会社日本能率協会コンサルティング
・取締役 生産コンサルティング本部長
シニア・コンサルタント 石田 秀夫
・R&Dコンサルティング事業本部
チーフ・コンサルタント 丹羽 哲夫
日産自動車株式会社
車両生産技術開発本部 車両生産技術統括部
主担)中嶋 聖也 氏 プロフィール
1998年に日産自動車(株)に入社。国内・海外車両工場の工程改善や新車の導入、
ボディの接合工法の開発などを経て、2023年よりエンジニア育成業務、新卒採用業務に従事している。
日産自動車株式会社
車両生産技術開発本部 車両生産技術統括部
シニアエンジニア)山崎 知広 氏 プロフィール
大学電気工学科卒業後、1991年に同社に入社。自動車生産工場の自動化やデジタル化、
EV急速充電器の商品開発などを手掛けた後、2021年よりエンジニア育成業務に従事している。
石田 秀夫 プロフィール:
JMAC 取締役 生産コンサルティング本部長 シニア・コンサルタント
大手自動車メーカーに入社し、エンジニアとして実務を経験。
2001年 ㈱日本能率協会コンサルティングに入社。
入社後、生産部門及び開発設計部門のシームレスな収益改善・体質改善活動を主に企業支援を行う。
「モノづくり」を広くテーマとして捉え、総合的なマネジメント改革・人材育成に取り組んでいる。
丹羽 哲夫 プロフィール:
JMAC R&Dコンサルティング事業本部 チーフ・コンサルタント
企業の研究開発部門を中心に組織基盤強化や企画推進のコンサルティング支援を行っている。
また、コンサルティングの場での知見も交え、プロジェクトマネジメントや問題解決などの
スキル教育にも力を入れている。
近年は人材育成の前提である教育体系構築や教育実施に向けたマネジメント改善などを支援している。
JMAC 取締役 生産コンサルティング本部長 シニア・コンサルタント 石田 秀夫(以下JMAC 石田):
本日はお忙しいところインタビューをお受けいただきありがとうございます。まず、はじめに貴社「車両生産技術開発本部」での新入社員教育研修について、概要を教えていただけますでしょうか。
日産自動車 車両生産技術開発本部 車両生産技術統括部 中嶋 聖也氏
(以下 日産自動車 中嶋):
当社では、入社後の最初の3週間に全社的な受け入れ教育と部門全体の教育を実施しています。その後、4週目から各本部に配属されます。ここでいう本部とは、私たちの場合「車両生産技術開発本部」を指します。ここで2ヶ月半から3ヶ月間、本部受入れ教育としての集合研修を行います。その後、7月頃に各部署に配属されますが、秋口に再度、新入社員全員を集めた集合研修も実施しています。その研修では、ものづくりの実践教育や工場での現場実習を翌年3月まで実施し、ほぼ1年をかけて新入社員教育を行っています。
JMAC 石田:
入社1年目には徹底的な教育研修が行われているということですね。この人材育成に関して、貴社に受け継がれている精神や特筆すべき点があれば、ぜひご紹介いただけますでしょうか。
日産自動車 中嶋:
当社では「他のやらぬことを、やる」というDNAが創業時から受け継がれています。また、企業文化として非常に大切にしているのが、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」です。これは、多様性に富んだ組織であり続けることを意味します。そして、公平かつ柔軟な心を持ち、さまざまな価値観や考え方を受け入れる姿勢を大切にしています。この考え方は当社の根幹を成すものです。さらに、我々は生産部門に従事しているため、三現主義や5ゲン主義も定着しており、これらの原則に基づいて業務を進めています。
JMAC 石田:
ありがとうございます。そのようなDNAや企業文化をうまく引き継ぐために、独自の取り組みや工夫があれば、教えていただけますでしょうか。
日産自動車 車両生産技術開発本部 車両生産技術統括部 山崎 知広氏(以下 日産自動車 山崎):
「他のやらぬことを、やる」という精神を引き継ぐためには、普段からの啓発が大切だと思っています。エンジニアは往々にして「他のやらぬこと」を実は「やっている」ことに気付いていない可能性がありますので、そこに気づいてもらう活動を行っています。例えば、素晴らしい取り組み、凄い取り組みに対しては、皆の前でプレゼンテーションの機会を設ける、イベントで表彰するといったごく当たり前の施策になりますが、自他ともに気づきを促すのにたいへん効いていると思います。また、三現主義や5ゲン主義については、分業や合理化で減りつつある「現場や現物に興味を持って自らの手で触れてみる」機会を提供できる仕組みや教育の充実を図っているところです。
JMAC 石田:
では次に中嶋さん、山崎さんの担当されている業務について簡単に教えていただけますでしょうか。
日産自動車 中嶋:
私は「車両生産技術開発本部」のエンジニア採用と育成の統括を担当しています。
日産自動車 山崎:
私は中嶋の元で主にエンジニア育成側の戦略・施策立案と教育オペレーションを担当しています。
JMAC 石田:
ありがとうございます。それでは、貴本部独自の新入社員教育について、簡単にご説明いただけますでしょうか?
日産自動車 山崎:
本部受入れ教育は、インプット系からアウトプット系へのシフトを横軸にとり、座学型からグループワーク・体験型へのシフトを縦軸にとったマトリックスで教育講座をデザインしています。このマトリックスに約40の講座をプロットし、これらを2ヶ月半の期間で実行しています。新卒・新入社員ですから、この2ヶ月半の前半は、まず社会人として、それから日産という「会社」について、「生産部門」について、「車両生産技術開発本部」について、と順々に業務や心構えの理解を深めるインプット主体のプログラムになっています。後半は各部署への配属と実務開始を想定し、様々なグループワークや体験型の活動を通じて自ら考え、発信し、主体的に行動してもらうのと、同期同志での絆を深めてもらうアウトプット主体のプログラムになっております。
JMAC 石田:
ありがとうございます。うまく、偏りなく研修がプロットされている風にお見受けしました。
■今の新入社員はいわゆるZ世代と呼ばれていますが、
特に期待する点やこの世代ならではの特性をお感じでしょうか
JMAC R&Dコンサルティング事業本部 チーフ・コンサルタント 丹羽 哲夫(以下JMAC 丹羽):
では、ここからはJMACの丹羽がインタビュアーとして質問させていただきます。現在、入社してくる世代は一般的にZ世代と呼ばれていますが、この世代の新入社員に対する期待や、特長についてお聞かせいただけますでしょうか。
日産自動車 中嶋:
Z世代だからといって特別な期待を抱いているわけではありません。現在、自動車業界は大きな変革期を迎えています。こうした状況の中で、従来の在り方にとらわれず、将来に向けて当社がこの業界で競争力を保ち続けるための斬新なアイデアを生み出してほしいと考えています。そのような新しい視点を、若い世代の皆さんに期待しています。
日産自動車 山崎:
Z世代について補足するなら、私たちの世代とは異なる就労観や真面目さが感じられる点です。やりたい仕事と実際の配属先や仕事内容が合致すれば、非常に堅実に取り組んでくれる印象があります。これが大きく期待するポイントです。 また、「デジタルネイティブ」と言われているこの世代ならではの特性も活かし、技術の革新や業務の変革も担って行ってほしいと考えています。
JMAC 丹羽:
確かにそうですね。成熟したサービスに慣れ親しんで入社してくる世代に対して、新入社員教育という観点で考慮している点がありましたら教えてください。
日産自動車 山崎:
特に感じるのは、非常にコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視する点です。たとえば、仕事において回り道や無駄だと感じる努力は避ける傾向にあるように思います。こうした傾向を踏まえ、私たちが特に意識しているのは、やるべきことの目的や意義を事前にしっかりと伝えることです。私たちの世代では、新入社員に対して「とにかくまずは言われた通りにやりなさい」と指導するのが一般的でした。しかし、Z世代にはそれが通用しません。彼らには、なぜその仕事をやる必要があるのか、どんな意義があるのかを論理的に説明し、納得してもらう必要があります。まずは意義を理解してもらい、その上で地道に取り組み、ノウハウを蓄積して経験や技術力を養ってもらう。そして、そこから効率化やコストパフォーマンスを追求していく。このようなステップを踏むことが重要だと伝えるようにしています。
JMAC 丹羽:
研修の合間にも、この研修にはこういった意義があると、事務局のお二人から投げかけがあったことを記憶しています。それには、理論的にしっかりと前提を説明するという工夫が意識的にされていたのですね。
■若手育成において、他社との違いと感じられる点があればお聞かせください
JMAC 丹羽:
次に、若手育成に特に力を入れられている点ということで、改めて他社との違いがありましたら教えていただけますでしょうか。
日産自動車 山崎:
これは他社と異なるかどうかは分かりませんが、いわゆるZ世代の人たちは、先ほど申し上げたようにコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視し、成果を早く出すことを求める傾向があります。そのため、場合によっては、「これは自分には合わない」と早い段階で見切りをつけてしまうこともあります。これは非常にもったいないことですので、日産というフィールドの中で様々なキャリアの可能性があることを、新入社員の受入れ早々から示唆するようにしています。
当社の車両生産技術は、非常に幅広い固有技術や要素技術に支えられています。これまでの専攻技術を活かすもよし、心機一転全く違う技術分野にチャレンジするもよし、それだけの懐の広さはあると思っております。それを見極めるのは、まずは配属先で何か一つ仕事に就いてみて、するとだんだん仕事の流儀や会社や部門の課題が見えて来てくるので、それからでも遅くはないのだと伝えています。今、マッチした仕事が無いからと言って、仕事とは自分から造りに行くものであり、当社はそれができる会社でもあることも、忘れずに伝えるようにしています。
JMAC 丹羽:
成果を出すことを急がないよう、コツコツ着実に成長していってもらおうとされているのですね。きめ細やかに若手育成において配慮をされていることがよくわかりました。
日産自動車 山崎:
はい、加えてですが、それだけキャリアの選択枝が拡がっていることを踏まえ、若手社員とは1on1を通じた個々に寄り添う伴走型のコミュニケーションをするようにも心がけています。今の時代、画一的な対応では通用しません。一人ひとりに合わせたアプローチをするよう、ここは非常に気を遣っています。
しかしながら、それでも私たちだけではキャリアの迷いを十分に払拭できない場合も多々ございます。そうした場合には、同期との絆であったり、職場全体が一丸となってメンタリングを行う取り組みを進めています。このような支援体制に力を入れていることも、当社の特徴の一つです。
JMAC 丹羽:
ありがとうございます。同期や職場が一体となってメンタリングしていくことは、実際に行うとなると容易なことではないですね。そのようにメンタリングにおける協力体制ができていることは素晴らしいことだと感じました。
■技術者を育てる工夫、難しいと感じられる点はなんでしょうか
JMAC 丹羽:
では次に、技術者を育成するための工夫や、難しい点についてお聞きしたいと思います。特に貴社の場合、技術の幅が非常に広いため、全員にすべてをきっちりと教えるのは難しいのではないでしょうか。そういった中で、技術者としてどのようにキャリアを形成し、育成していくのかについてお聞かせください。
日産自動車 中嶋:
先ほどの話と重なる部分もありますが、現在の若者は、以前よりも自分の専門分野や学んできたことをすぐに活かしたい、と考える人が多いと感じています。私自身、この研修企画の業務に携わるようになったのは昨年度からですが、現在に至るまでリクルーターとして10年以上活動しています。その中で、学生との接点を通じて、彼らの意識が変化していることを肌で感じてきました。
当社は業務の範囲が非常に広いため、専門外の分野でもさまざまな教育体制が整っていますので、専門スキルがないと仕事ができないというわけではありません。私も大学で学んできた専門分野ではない技術領域で仕事をしてきており、必ずしも専門を活かさないとやっていけないということではないのですよ、ということも学生には伝えています。
また、冒頭にお話ししたダイバーシティの観点からも、さまざまなアイデアが生まれることを期待していますので、受け入れ側としては多様な専門分野や背景を持った人たちに集まってほしいと考えています。しかし、若い人たちが自分の専門分野をすぐに活かしたいという思いと、こちらの意図とのギャップが大きくなると、「この仕事は自分には向いていない」と感じてしまうこともあるでしょう。そうならないように、先ほど山崎が申し上げたメンタリングなどで、しっかりとサポートしながら育成することが何より大切だと感じています。
JMAC 丹羽:
ありがとうございます。もともと理系の学生さんは、自分の専門性を活かしたいという意識が他の職種の学生さんに比べて強い傾向があると思いますが、時代を経てその傾向がさらに強くなっているのでしょうか?
日産自動車 中嶋:
確かに、以前よりもその傾向が強くなっていると感じます。先ほどもお話に上がりましたが、Z世代の方々は非常に目的意識が高い世代です。自分のスキルをすぐにでも世の中や会社に活かし、かつ貢献したいという意識がとても強いと思います。
日産自動車 山崎:
私も同感です。自分が学んできた専門分野とは異なる分野に取り組むことは、彼らにとって一種の遠回りと感じられるのかもしれません。
ただ、繰り返しになりますが、自動車業界の生産技術の仕事は、業務範囲が非常に広く、さらに多くの人々と幅広く深く関わることが求められます。そのため、一般的には約3年の経験を積まなければ、一人前として十分に仕事をこなせるようにはならないと言われています。ですから、すぐに成果が出せるわけではないという点を、きちんと理解してもらうことが大切です。
JMAC 丹羽:
おっしゃる通りですね。その点を若手エンジニアの方々にしっかりと理解してもらい、焦ることなく、一歩一歩着実に努力を重ねながら成長していってほしいですね。
■今の若手エンジニアに不足している経験とそれを補う施策とは
日産自動車 山崎:
エンジニアを担当していて、最近少し難しいと感じている点があります。それは、先ほどお話ししたデジタルネイティブ世代にも関係しているのですが、スマートフォンやゲームに当たり前のように接してきた世代であるため、実際の物に触れた経験が少し不足しているように思います。
JMAC 丹羽:
とおっしゃいますと、フィジカルな部分でしょうか。
日産自動車 山崎:
はい、いわゆる空間認識能力が乏しいのでは、と感じることがあります。実際の物を見て、簡単なスケッチを描いてみるように指示すると、予想外の物を描いたりすることがあります。
JMAC 石田:
実際に手で描くような経験が乏しいのかもしれませんね。
日産自動車 山崎:
例えば三面図から立体を描くように言っても、うまく描けない。CADでは問題なくできるのですが、実際に手で図を描かせると、「CADはないですか?」と言われることもあります。もちろん設計業務の中ではCADを使えばよいですが、工場の生産現場でCADを探すわけにはいきません。現場では、ささっと絵を描いてコミュニケーションを取る場面が多々あるわけで、海外などは特にそうなります。そのために普段から現場現物に触れておくこと、上手い下手にかかわらずとにかく絵で表現することの重要性を実際のトレーニングも交え教えております。
JMAC 丹羽:
そのような点が、他社との差別化や工夫に繋がっているのかもしれませんね。最先端のツールを使ってコストパフォーマンスよく学ぶというアプローチもありますが、実際には、もしツールが使えない状況に直面したり、海外のラインでまだそのようなツールが導入されていない場合、手書きで描かなければ話が進まない場面もあります。そのような視点で教育が行われているように感じました。